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東京高等裁判所 平成9年(ネ)503号 判決 1998年7月29日

控訴人

北部金属株式会社

右代表者代表取締役

武政昌代

右訴訟代理人弁護士

飯野信昭

被控訴人

金子建設株式会社

右代表者代表取締役

金子清

右訴訟代理人弁護士

藤村義徳

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

「控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が別紙登記目録一記載の登記を抹消させ、かつ、同目録二記載の登記の抹消登記手続をするのと引換えに、金一億〇九三〇万五〇〇〇円を支払え。」

二  被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  控訴人と被控訴人との間の訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  請求

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

(争いのない前提事実)

別紙物件目録記載の土地(以下「本件農地」という。)は、農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)による「農用地区域」として指定された区域にあるいわゆる「青地」と呼ばれる農地であった。「青地」の場合、それを買収して開発しようとすれば、農地法五条の転用許可が必要であるが、その転用目的は原則として畜舎、温室等の農業用施設用地の用途に限られる。したがって、これ以外の用途を目的として転用許可を得ようとする場合には「当該農地を農用地区域から除外してもらう」(これを「白地化」という。)ことが必要となる。

グレーゾーンとは、平成元年三月三〇日に発表された農水省通達〔「農村地域活性化のための土地利用調整の円滑化について」(平成元年三月三〇日付け、元構改C第五九号農水省事務次官通達)〕に基づく地域指定で、農振法上の農用地区域内にある農地(青地)について、一定の条件の下で転用目的を緩和して許可し、青地である農地を一般住宅用地、工場用地、商業目的用地など農業以外の地域開発のための宅地需要に充てることを目的とする。本件農地の所在する埼玉県児玉郡美里町では、平成二年五月七日にグレーゾーンの指定がされ、平成二年五月七日から平成七年五月六日までの五年間に限り、青地についての農地転用許可が一定条件の下で緩和されることになっていた。

一  被控訴人の請求原因

1 被控訴人は、建築及び土木工事の請負を目的とする株式会社であり、控訴人は鉄屑スクラップ売買などを主たる目的とする株式会社である。

2 控訴人は、昭和六三年一二月二一日、訴外大島貫一(以下「大島」という。)から本件農地を農地法五条の許可を停止条件として代金六六三〇万円で買受け、所有権移転請求権の仮登記を経た。

被控訴人は、平成元年一一月一三日、控訴人から「本件農地の買主たる地位」を、代金一億〇九三〇万五〇〇〇円で買受ける売買契約(以下「本件売買契約」という。)を結び、右契約締結日に内金五〇〇万円を、同年一二月一日に残金一億〇四三〇万五〇〇〇円を支払い、別紙登記目録二記載の所有権移転請求権の移転登記(前記仮登記の付記登記)を経た。右「買主たる地位」とは、本件農地の所有権者である大島から本件農地を宅地転用を目的として買受ける地位である。

3 2の被控訴人と控訴人との本件売買契約においては、「当売買物件は農振地区であるが開発許可を条件とする。万一許可がおりなかった場合、売主は受領済みの金員を全額返金の事。但し平成二年五月末までに開発許可の見通しが出来なかった場合とする。」との特約が付されていた。

4 被控訴人は、本件農地の転用目的を「分譲用住宅を十数戸建てる」ための宅地転用と考えており、これを控訴人や大島にも伝えていた。

そこで、控訴人と被控訴人との本件売買契約における3の特約の趣旨は、本件農地について所有者大島と買主被控訴人との間において分譲用住宅敷地としての転用を目的とした農地法五条の許可を申請し、その許可の見通しが平成二年五月末までに得られることを条件とし(停止条件又は法定条件)、その見通しが右期日までに得られない場合は、右条件不成就が確定したものとして本件売買契約は当然失効し、被控訴人から控訴人に支払済みの代金全額の返還義務が生ずることを定めたものであった。

分譲用住宅のための農地転用許可を得る方法としては、次の二つの方法があった。

① 本件農地を農振法上の「農用地区域」から除外し(白地化)、普通の農地法五条の転用目的による許可を得る方法。

② グレーゾーン構想に沿った計画の下での転用許可を得る方法。

ところが、その後の調査で、①の方法、すなわち本件農地について分譲住宅建築のための転用目的で農用地除外(白地化)を得た上その後の農地法五条の許可を得ることは、およそ無理であり、②の方法も、グレーゾーンでは本件農地の所在地区は工場地区とされた上、個人レベルでの単発的な開発は認めないという運用であったから、本件農地について分譲用住宅敷地目的での転用許可の可能性はないことが判明した。

5 なお、仮に被控訴人の本件農地の購入目的が控訴人の主張するように資材置場や倉庫建築目的であったとしても、そのような目的では農用地区除外申請(白地化)は認容されないからそれを前提とした農地法五条による転用許可を得ることは無理であり、グレーゾーン指定がされたことによる青地のままでの農地転用も、町の基本構想に合致した計画による開発でなければ認められないから(逆にいえば、個人レベルの開発ではグレーゾーン制度による転用許可は得られない。)、いずれにせよ平成二年五月末日までの転用許可の可能性はなかった。

6 そこで、平成二年五月末までに本件農地について、大島を売主、買主を被控訴人として宅地転用を目的とした農地法五条の許可が得られる見通しは立たず、控訴人と被控訴人との間の本件売買契約は、右期日の経過により条件不成就が確定したものというべきであるから、前記特約に従い、被控訴人は控訴人に対し、支払済みの売買代金一億〇九三〇万五〇〇〇円の返還とこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4は、否認する。

被控訴人は、本件農地の購入目的を資材置場又は倉庫と言っていた。

そもそも、被控訴人は控訴人に対しては、開発許可手続は、被控訴人が大島と連絡し被控訴人の責任において行うと言っていたものである。被控訴人は、本件売買契約により本件農地の買主たる地位を被控訴人に譲渡したものである以上、本件農地売買の当事者ではなくなったものであり、控訴人は被控訴人の本件農地の購入目的については強い関心もなかった。

また、本件売買契約は、その目的が「本件農地の買主の地位」である以上、売買契約の時点で効力が生ずるもので、特約の趣旨は、「平成二年五月末日までに開発許可が得られる見込みがないこと」が解除条件となるものというべきである。

3 同5は、争う。

被控訴人は、本件農地の購入目的を資材置場又は倉庫と言っていたものであり、資材置場や倉庫目的であるなら、平成二年五月末までに農用地区域除外申請(白地化)が認められ、その後農地法五条による転用許可が認められる可能性が十分にあったし、また、倉庫や資材置場の転用目的なら美里町にグレーゾーンの指定がされ、青地の転用目的が緩和されたことにより平成二年五月末までに転用許可の見通しがあった。ところが、被控訴人は本件農地の所有権者である大島に対して、何ら農用地区域除外申請を進めるようにとの働きかけや、グレーゾーン指定に伴う青地のままでの転用許可申請をするようにとの働きかけをしていず、実際にも今日まで本件農地について農用地区除外申請の手続や農地法五条の許可申請手続はされていない。これは、被控訴人の本件農地の購入目的が、その根底に特定の転用による土地利用を目的としていたものではなく、転売を目的としていたことの表われである。

4 同6は争う。

三  控訴人の抗弁

1 権利濫用または信義則違反

被控訴人は、不動産売買の専門業者であり、本件農地が農用地区内の農地である青地であることを知っていた(被控訴人は、不動産売買の専門業者として取引の対象となる土地の法律的性状等についてはそれなりの注意義務が要求されるものであり、本件農地が青地であることを知らなかったと主張することは許されない。)。

被控訴人は、本件売買契約当時のいわゆるバブル経済の時流に乗って、自ら開発(転用)許可をとるよりは、更なる値上がりを待って転売し差益を取得しようと考え、特約で定められた平成二年五月末までに農用区域除外申請(白地化)をするよう大島に働きかけたり、農地法五条の転用許可申請の手続をとらず、また右期日経過後三年以上も控訴人に何らの請求もしなかった。しかもその間に本件取引の仲介役をつとめた訴外須藤紘から何度も本件農地の有利な転売先を紹介されたが、被控訴人は高値で売ろうとしてその申込みを受け付けなかった。もし、被控訴人がこの間に控訴人に本件売買契約の解約の申出などをしていれば、控訴人としては本件農地を他に有利に転売するなどしての解決策もあった。しかるに被控訴人はその機会を奪った。このように、被控訴人が土地価格上昇後の転売を目論んで約束の期限までの開発(転用)許可申請の手続を行わず、控訴人へ連絡も取らず、漫然と期間を経過させ、いわゆるバブル崩壊後の地価の大幅下落が動かぬものとなった時点で本件特約を根拠に売買代金の返還を請求することは、信義に反しかつ権利を濫用するものである。

2 同時履行の抗弁

仮に、被控訴人の本件売買契約の特約に係る条件不成就の主張が認められるとした場合でも、被控訴人は本件農地を原状に復して返還すべきであるところ、被控訴人は、平成元年一二月一日に残代金を支払い、本件農地について別紙登記目録二記載の所有権移転請求権の移転登記(仮登記の付記登記)を得ると同時に、右残代金の融資を受けるため同目録一記載の根抵当権設定登記を経由しているから、被控訴人は別紙登記目録一の根抵当権の設定登記を抹消し、かつ同目録二の被控訴人名義の右所有権移転請求権の移転登記の抹消と引換えに代金返還の請求を行うべきである。

そして、控訴人の代金返還義務は、右各登記の抹消と同時履行の関係にあるから、控訴人の義務が遅滞に陥るのは、右登記抹消についての履行提供を受けた時点からとすべきである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は、争う。

被控訴人は、須藤から白地化ができている農地と聞いていた。ところが本件売買後まもなく調査したところ、青地のままで白地となっていないことが判明したため、控訴人側の代理人であった須藤を通じて大島に白地化の手続を早く行うよう交渉してもらっていたところ、日時が経過したものである。

また、被控訴人は本件農地に建物を建てて分譲するために本件農地を購入したものであり、転売を目的としていたものではない。転売による利益に対しては高額の税金や控除に関する不利益があって分譲の場合と比べて利益が多いということはない。また被控訴人が本件農地の有利な転売先の紹介を受けたことはない。

2 抗弁2のうち、控訴人主張のとおり別紙登記目録一、二記載の各登記を経由していることは認め、その余は争う。

理由

一  本件農地はもと大島の所有で、昭和六三年一二月二一日に、大島と控訴人との間で農地法五条の許可を条件として代金六六三〇万円で売買されたこと、その後の平成元年一一月一三日に、本件農地に関し、被控訴人と控訴人の間で「当売買物件は農振地区であるが開発許可を条件とする。万一許可がおりなかった場合、売主は受領済みの金員を全額返金の事。但し平成二年五月末までに開発許可の見通しができなかった場合とする。」との特約付きで代金一億〇九三〇万五〇〇〇円として本件売買契約が締結され、平成元年一二月一日までに被控訴人から控訴人に代金全額が支払われたこと、別紙登記目録一、二記載の各登記がされていることは、当事者間に争いがない。

二  そして、控訴人と被控訴人との間の本件売買契約における右特約の趣旨は、大島と控訴人との売買契約(甲二五)では、農地法五条の許可が売買による本件農地の所有権移転の停止条件ないし法定条件となっていること、本件売買契約は「本件農地の買主たる地位の譲渡」を目的とするものであるが、被控訴人も農地法五条の許可を得て所有者大島から本件農地の所有権を取得することが最終的な目的であったとみられることから、「平成二年五月末日までに売主を大島とし、買主を被控訴人とした農地法五条の許可の見通しが得られること」を停止条件としたものとみるのが相当である(控訴人は、右特約の趣旨について、本件売買契約では「本件農地の買主の地位」が譲渡の対象となっているから契約締結と同時に効力が生じて控訴人は本件農地の買主でなくなるものであり、右特約は解除条件とみるべきであるとの主張をするが、採用できない。)。

三  本件の経緯

右一の争いのない事実に加え、証拠(甲一、二、三の1及び2、四ないし六、八ないし一〇、一一、一二の各1及び2、一三の1ないし8、一四ないし一八、一九の1ないし5、二一、二三ないし三一、三二の1ないし3、三三の1及び2、三四、三五、乙一ないし三、一八ないし二三、二四の1ないし3、二五ないし二七、二八の1及び2、原審における証人大島貫一、同吉田司郎の各証言、一審相被告須藤紘、控訴人及び被控訴人各代表者尋問の結果、当審における証人高橋俊の証言)及び弁論の全趣旨によれば本件の経緯として、次の事実が認められる。

1  控訴人は、もともと鉄屑のスクラップ業を主たる業とし、代表者の家族を中心とする比較的小規模の同族会社であった。控訴人は、将来美里町付近で開業を考えていた代表者の息子の歯科医院開設用地として、昭和六三年一二月二一日に、本件農地を控訴人名義で大島から農地法五条の許可を条件として代金六六三〇万円で買い受け、所有権移転請求権仮登記を得た(甲一、二五)。

2  本件農地は、農振法上の農振地区内のいわゆる「青地」と呼ばれる農地で、宅地などへの転用のためには、まず農振地区除外申請を美里町に対して行い、その除外(いわゆる「白地化」)を得て、その後農地法五条による転用許可申請を行う必要があった。ところで、「青地」の場合には、一般に、農業用施設建築目的以外には宅地転用は認められず、わずかの農業従事者後継者のための住宅目的などの場合に例外的に宅地への転用が認められる程度であったが、医院や医師住宅の場合にはこれに準じて比較的緩やかに宅地転用が認められる扱いであった。大島は、美里町の町会議員で建設委員会に属し、農振地区除外申請にも関係のある地位にあって、控訴人に対しては本件農地については農地法五条の許可は間違いなく取れると言明していた(なお、平成元年六月に、控訴人は、大島が本件農地を二重売買する恐れがあるとして処分禁止の仮処分を申立て、認容されてその旨の登記が平成元年六月二三日付で経由されていた。甲二三ないし三一、三二の1ないし3。)。

ところが、その後本件農地は主要道路に面していないので歯科医院には不向きであることから、控訴人は本件農地を他に売却することを考えて、当時無免許で不動産売買のブローカー的な仕事をしていた須藤紘などに相談することとなった。

3  一方、被控訴人は、建設業を主たる業務としていたが、被控訴人代表者は不動産業の「有限会社ケー・エム不動産」も経営していて小規模ながら不動産取引仲介の仕事もしていた。平成元年一〇月末ころ、「K・M・C企画」代表の入山一廣と興和ビルド株式会社の社員吉田司郎が被控訴人を訪れ、本件農地について現況は埋立られており、蓑輪不動産が地上げして宅地分譲しようとしているので協力しないかと持ちかけてきた。被控訴人はいったん断ったが、その後同年一一月になって吉田司郎は、エルカクエイ若しくは角栄建設グループの傘下会社である株式会社新生都市の社員数名を同道し、「本件農地付近一帯を開発してエルカクエイ若しくは角栄グループで大規模な住宅団地として売り出すことを計画している。被控訴人が協力してくれれば、上物の建物は被控訴人に優先的に注文する。」として更に本件農地の取得を勧めたので、被控訴人もその気になった。そこで同年一一月一〇日ころ、被控訴人代表者や被控訴人の関連会社「ケー・エム不動産」の事業を担当していた野崎らが現地を見分したところ、本件農地は埋立して盛土がしてあり、機械や車が置いてあり、かつ地主の大島は「本件農地は白地であって、開発に問題はない。」と説明し、また興和ビルド株式会社の吉田司郎も本件農地一帯は近いうちグレーゾーンに指定される予定で開発がし易くなる旨の説明をしたので、被控訴人は本件農地を購入する決断をした(甲一九の1ないし5、原審における証人吉田司郎、被控訴人代表者。)。

4  控訴人と被控訴人は、平成元年一一月一三日、大島の自宅で、本件農地の買主たる地位を代金一億九三〇万五〇〇〇円(坪当たり一四万円)で譲渡する旨の本件売買契約を締結し、契約書(甲二一)を作成の上、被控訴人は手付金五〇〇万円を支払った。その場には控訴人代表者、被控訴人代表者、被控訴人側社員野崎、土地所有者大島、仲介人として興和ビルド社員吉田司郎、愛郷社の榎一夫、須藤らがいた。右売買契約書(甲二一)では、特約として「①所有権の移転は所有権移転請求権仮登記とする。②仮処分抹消の書類提出時残金決済と同時に境界の確認も行う。③当売買物件は、農振地区であるが開発許可を条件とする。万一許可がおりなかった場合、売主は受領済みの金員を全額返金のこと。但し平成二年五月末までに開発許可の見通しができなかった場合とする。」との特約が付されていた。③の特約については、主に吉田司郎と野崎が相談して文言を考えたが、「但し平成二年五月末までに開発許可の見通しができなかった場合」という期限を定めたのは、農振地区内の農地であるいわゆる「青地」の宅地転用の場合、一般的にはまず農地所有者において農振地区除外申請をし、それが認められた後農地の売買当事者両名の申請により農地法五条の許可を得るという二重の手続が必要であり、そのためには普通一年以上かかるところ、大島が、本件農地については農振地区除外が既にされており、半年もあれば農地法五条の許可が得られると言明し、控訴人、被控訴人らもこの大島の言に特に疑いをはさまなかったためであった。

5  なお、被控訴人の本件農地の転用目的については、被控訴人は融資元の群馬銀行には分譲用住宅の宅地目的として説明し、本件農地所有者の大島や控訴人・被控訴人間の売買仲介役となった吉田司郎や須藤もこのことを了解していた。しかし、控訴人は、本件売買契約が本件農地の買主の地位を控訴人から被控訴人に譲渡するものであったため、特に被控訴人の本件農地の転用目的には強い関心を持たず、大島と被控訴人の協力により平成二年五月末までには円滑に農地法五条の許可が得られると考えており、特約③のような転用許可を得られる見通しが立たないというような事態が生ずるとは予想していなかった。

その後同年一二月一日に被控訴人が本件売買代金調達のための融資を受けた群馬銀行深谷支店において、残金の決済が行われたが、その際に契約書が書き直され、新たな売買契約書(甲二)が作成されたが、契約書には、特約として前記の①ないし③のほかに、「④本物件上の車輌等は平成元年一二月一〇日までに移動完了する事」が書き加えられた。右契約の場には控訴人と被控訴人の各代表者、被控訴人側社員野崎、仲介者としてのK・M・C企画の入山、合資会社愛郷社の榎一夫、興和ビルドの吉田司郎、須藤紘、群馬銀行の支店次長らが立ち会った。

6  年が明けて平成二年初めに、被控訴人は、農地法五条の許可手続を古川建築設計事務所の古川健二に依頼した。古川健二が美里町役場で調査したところ、古川は役場の担当者から、本件農地は農振地区除外がされていない「青地」のままであり、建売住宅建築目的での農振地区除外や農地法五条の許可を受けるのはまず不可能であるとの説明を受けた。これを受けた被控訴人の担当者野崎は本件売買契約の仲介役となっていた須藤に連絡したところ、須藤は「大島の家に農振地区除外の許可書類があるはずだ。もう少し待ってくれ。」というばかりであった。被控訴人は、大島が美里町の町会議員をしており、しかも土地開発関係の委員の地位にあったことから、いずれ当初の予定どおり農振地区除外や農地法五条の許可が得られるものと期待していたが事態は進展しなかった。その後須藤から被控訴人に「あの土地は西部建設が住宅団地として開発し、本件農地も神川町の上武産業が買いに行くから待ってくれ。」という話や「第三者の倉庫として転売する」などとの話がもちかけられ、被控訴人は須藤の話の進展を待っていたが、いずれの話も具体化しなかった。被控訴人は、その後大島に面会して農振地区除外申請や農地法五条の許可手続を進めるよう求めたが、大島も言を左右にして右手続をとろうとはしなかった。

7  平成二年五月七日に美里町のグレーゾーンの認可がされ、県道沿いの一定地域にグレーゾーン地域の指定がされた。これによると本件農地が所在する地区はグレーゾーン地域の中の「③―1地区」で工場地区と指定された。ところでグレーゾーン地域は、農振地区内の農地(「青地」)の転用目的を通常の農業用施設目的以外にも一定の場合に緩和し、一般住宅用地、工場用地、商業目的用地など農業以外の地域開発のための宅地転用許可の可能性を拡大したものであったが、その運用は町の総合開発計画と整合性のあるものであることが要請されており、本件農地が所在する「③―1地区」は工場地区として既に存在する王子製袋の工場の拡大敷地とするための転用や他の工場が進出した場合の工場敷地としての転用許可が考えられていたが、グレーゾーン計画の下では転用目的が倉庫や資材置場であっても個人レベルでの開発許可は予定されていなかった。まして、本件農地が所在する「③―1地区」は工場地区と指定されたから、被控訴人が予定した分譲住宅用地としての転用では全く許可される見込みはなかった(なお、美里町のグレーゾーン構想は、平成三年ころから本格的に計画が推進される予定で、平成二年夏ころから三年にかけて盛んに地元関係者に対する説明会や県との打合せなどが行われたが、有効期限である平成七年五月満了までに計画の中身がほとんど実行されることなく終了した。)(甲一六ないし一八、乙二、一八ないし二三、二四の1ないし3、二五ないし二七、二八の1及び2、当審における証人高橋俊)。

8  被控訴人は、本件農地が「青地」のままであったことや、平成二年五月末日までに農地法五条の許可が得られない状態になったこと、その後の須藤や大島との折衝経過などを控訴人には連絡しなかった。一方控訴人も平成元年一二月一日に本件売買代金残金を受領してからは、本件農地の事柄については関心もなく、平成二年五月末日までに農地法五条の許可が得られたかどうか確認したり、本件売買契約特約③のような代金返還の必要が生ずる事態になっていないかどうかを被控訴人に問い合わせるなどのこともしなかった。

9  被控訴人は、平成五年六月一五日付の書面(甲五)により、本件売買契約に関し、「本件農地は農振地区内にあるので開発許可が得られることを停止条件(正確には法定条件)とし、なお、平成二年五月末日までに開発許可の見通しが立たなかった場合にも売主が受領済みの金員を全額返済する旨の定めがある。しかるに現在に至るも本件農地については開発許可を得られず、許可の見通しも立っていない。そこで、本件売買契約は、条件不成就により平成二年五月末日限り無効になったというべきなので、本書面到達後七日以内に売買代金全額とこれに対する平成二年六月一日から支払済みまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める」旨の通知をし、売買代金全額の返還を請求した。

四  被控訴人の請求原因について

以上の事実によれば、控訴人と被控訴人間の本件売買契約(甲二、二一)の前記特約③は、平成二年五月末日までに土地所有者大島と被控訴人を当事者として農地法五条の転用許可が得られる見込みがあることを停止条件としたものと認められるところ、前記の経緯から、被控訴人の本件農地の転用目的が分譲用住宅敷地であれ、倉庫や資材置場目的であれ、通常の「青地」からの宅地への転用の方法(農振地区除外を経て農地法五条の許可を得る方法)による場合は勿論、グレーゾーン制度により転用目的が緩和された方法を選んだ場合でも、平成二年五月末日までに農地法五条の許可が得られる見込みは到底なかったことが認められるから、控訴人と被控訴人の本件売買契約は平成二年五月末日の経過により条件不成就が確定したものというべきであり、右特約③に基づき支払済みの売買代金の返還を求める被控訴人の請求は理由があると認められる。

控訴人は、倉庫目的や資材置場目的であれば、農用地区除外(白地化)申請をし、その除外を得た上農地法五条の許可申請をするか、グレーゾーン制度により農業用施設以外の宅地転用が緩和されたことにより、平成二年五月末までに農地法五条の許可の申請をすれば許可される見込みが十分にあり、これを被控訴人の側で一方的に怠っていたものである旨主張する。

しかし、先に説示したとおり、倉庫や資材置場目的であっても、本件農地について農用地区除外(白地化)及びその後の農地法五条の許可が得られたとは本件証拠上認められないし、グレーゾーンの指定を受けた地域についても美里町の全体の構想に基づく計画に従って一帯的な開発を行うものでなければ農地法五条の許可は予定されず、個人的な開発は許可の対象とならなかったのであり、控訴人が主張するように、倉庫目的や資材置場目的であれば平成二年五月末までにグレーゾーン制度により農地法五条の転用許可が得られる見込みがあったとは到底認めがたい。

また、控訴人は、本件売買契約に前記特約③のような条項がある以上、被控訴人には本件農地について平成二年五月末日までに農地法五条の許可申請を実際に行い、それが不許可になったことを公的文書により立証すべき義務があるのに、被控訴人はこれを立証していない(被控訴人が今日まで本件農地について大島と連名で農地法五条の転用許可申請をしていないことは、当事者間に争いがない。)から、被控訴人は特約③に定める効果発生を主張することができない旨主張する。

しかし、本件特約③は、「開発許可の見通し」を要件としており、現実に大島と被控訴人との間で農業委員会に対し、農地法五条の許可申請をしてそれが不許可となったことまでは要件としていない。また、前記のように、平成二年になって、被控訴人の依頼を受けた古川健二の調査により本件農地が「青地」のままで被控訴人の意図していたような分譲住宅用の宅地目的での農地法五条の許可は到底得られる見込みがないことが判明し、平成二年五月末日の段階でも特約③に定めた農地法五条の許可は得られず、得られる見込みもなかったが、その後直ちに売買の条件不成就を理由として控訴人に対して代金返還を要求するという道を選ばず、仲介者の須藤と折衝したり、大島に面会して農用地区除外申請をしたり農地法五条の許可手続をするよう求めていたものの、それも埒があかず、求めていた善処方が不調になったことから、本件において控訴人に対し本件売買の条件不成就を理由として支払済みの代金の返還を求めているのであって、本件において、被控訴人から控訴人に対する代金返還請求の前提として、公的文書による本件農地について特約③で定めた農地法五条の許可申請が不許可となったことの証明を必要とする根拠はないから、この点の控訴人の主張も理由がないというべきである。

五  控訴人の信義則違反、権利濫用の抗弁について

控訴人の抗弁を要約すると、被控訴人は平成二年五月末日までに農地法五条の許可申請を行わず、また控訴人への連絡も取らずにいたずらに期間を経過させ、しかもこの間に仲介者たる須藤らから何度も転売の斡旋を受けたのにこれを拒絶し、いわゆるバブル崩壊後の地価の大幅な下落が動かぬものとなった時点で、本件特約③を根拠に売買代金の返還を請求することは、信義則に反しかつ権利の濫用であるというのである。

しかし、本件特約③は、前記のとおり「売主大島、買主被控訴人として農地法五条の許可申請をして、その許可が平成二年五月末日までに得られる見込みがあること」を控訴人と被控訴人との本件売買契約の停止条件としたものであり、本件の場合には、被控訴人の主張するような分譲住宅用の宅地転用目的では勿論、倉庫や資材置場目的であっても平成二年五月末日までに農地法五条の許可の見通しは全く立たなかったというべきであるから、平成二年五月末日の経過により特約③の定めるところによる条件の不成就が確定し、右時点で控訴人から被控訴人に対し売買代金の返還義務が生じていたものと認められ、被控訴人が、平成二年五月末日までに本件農地が「青地」のままで建売住宅用のための宅地転用許可の見込みがないことが判明したことや、その後の須藤や大島との折衝経過などをなんら控訴人に連絡せず、三年後の平成五年六月になって代金返還を求めたことは、買主の対応としてやや遅きに失すると評価される面はあるが、売買代金の返還請求自体は契約に定められた買主の権利行使として不当なものということはできない(なお、被控訴人が平成二年五月末日を過ぎて直ちに控訴人に連絡をしなかったのは、被控訴人としてはその段階でまだ須藤や大島に一定の信頼を寄せており、大島や須藤らが本件農地の白地化や農地法五条の許可についてまだ可能性があるような言い方をし、また転売も可能であるかのような話を持ちかけたため、しばらくはそれらの話の具体化による解決を待っていたためであることが認められ、被控訴人が本件農地を農地のままで他に転売することを予定していたことまでは本件証拠上認めるに足りない。)。

一方、控訴人と被控訴人との本件売買は「農地の買主の地位の譲渡」を目的とし、しかも代金は一億〇九三〇万円という巨額のものであり、特約③として「当売買物件は、農振地区であるが開発許可を条件とする。万一許可がおりなかった場合、売主は受領済みの金員を全額返金の事。但し平成二年五月末までに開発許可の見通しができなかった揚合とする。」と明記されているところ、農地法五条の許可が得られなければ買主である被控訴人としては本件農地の所有権を取得できず、被控訴人から控訴人に対する代金支払の目的も達成されないから、条件不成就の場合には被控訴人から控訴人に対し代金返還の要求がされることは当然予測できたというべきである(換言すれば、控訴人は、農地売買に対する知識不足もあって、平成元年一二月一日に売買代金全額を受領してからは契約の履行が終わったものと軽信し、被控訴人の予定していた本件農地の転用手続に関心を持たず、特約③の意義も十分理解せず、特約③に定めたような条件不成就により代金返還の事態が到来することをほとんど予想していなかったことが窺われるが、そのことは控訴人の「本件農地の買主の地位」の売主としての責任を免除する理由となるものではなく、控訴人としては、農地に関する様々な法規制や本件特約③の意義を理解し、被控訴人の本件農地を取得する転用目的や平成二年五月末日までの農地法五条の許可可能性などについて関心を払っておくべきであった。)。

そうすると、控訴人主張のような諸々の事情を総合考慮しても、本件における被控訴人の請求が信義則に反し権利の濫用となるということまではいえず、この点の控訴人の抗弁は理由がないというべきである。

六  控訴人の同時履行の抗弁について

被控訴人が本件農地に関し、別紙登記目録一及び二の登記を経由していることは当事者間に争いがない。そして、被控訴人の本訴請求は、控訴人と被控訴人の停止条件付き売買が条件不成就により失効したことにより不当利得を原因として支払済みの売買代金一億〇九三〇万五〇〇〇円の返還を求めるものであるところ、別紙登記目録二の登記の抹消が同時履行の関係にあると認められる。また、別紙登記目録一の登記は、大島を所有名義人とする本件農地についての株式会社群馬銀行を根抵当権者とする登記であるから、被控訴人としては自らその抹消登記手続を履行することはできないが、本件特約③に基づく原状回復義務の履行として、控訴人に対しては、自らが被担保債権の債務者として設定され、登記を経た同目録一の根抵当権設定登記の抹消を得るべき義務を負い、その履行の提供と引換えにのみ右売買代金の返還を求めることができるといわなければならない(なお、控訴人として求めることができるのは右の限度での同時履行であって、同目録一の根抵当権設定登記の抹消を先履行として求める権利はない。被控訴人としては、本件売買代金の返還を得るために右根抵当権設定登記の抹消についての履行を確保するためには、実際上は、自ら被担保債務の弁済のめどを付けるなどして群馬銀行及び大島の協力を得て先履行的に右根抵当権設定登記の抹消を得るほかはないというにすぎない。)。

そして、被控訴人は、同時に前記金員に対する平成二年六月一日から支払済みまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、弁論の全趣旨によれば、被控訴人はいまだ右登記目録一及び二の登記の抹消の履行提供をしていないことが認められる。そうすると、右履行の提供があるまでは控訴人の債務は遅滞に陥っていないと認めるのが相当であるから、右付帯請求に係る被控訴人の請求は理由がなく、控訴人の控訴は右の限度で理由がある(なお、甲第二号証によれば、本件売買契約の一〇条(2)には売主の違約による契約解除については、違約金の定めのほか受領済みの金員の無利息返還の約定があることが認められることに照らし、被控訴人の付帯請求の実質を不当利得における悪意の受益者の利息返還義務とみることも困難である。)。

七  結論

そうすると、被控訴人の控訴人に対する請求は、本判決主文第一項の限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。よってこれと異なる原判決主文第一項を本判決主文第一項のとおり変更することとし、被控訴人のその余の請求を棄却し、訴訟費用につき民訴法六七条二項、六四条、六一条を、仮執行宣言につき二五九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官大島崇志 裁判官豊田建夫)

別紙物件目録〈省略〉

別紙登記目録〈省略〉

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